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「何?陽子が居なくなった???」
「尚隆がここに居るってことは、一人でどこかに行ったのかなぁ?」
今日は渋々と卓子に向かっていた、雁州国の王尚隆は、本来ならば忠実な下僕で有るはずの延麒六太によってもたらされた情報に、がば!と顔を上げた。
「まさかとは思うが、誰かが―――」
「・・・・どんだけ過保護なんだよ」
六太は呆れた笑いを洩らした。
尚隆を焦らせようと思ってもたらした情報ではあったが、正直ここまで食いついてくるとは思わなかった。
いつもの余裕ぶっこいている尚隆を、ぎゃふんと言わせたかった六太であったが、逆に宥めなければならなくなるとは・・・。
「陽子だって、たまには一人になりたいときもあるかもしれないだろ。子供じゃないんだ。わざわざお前が出張っていく必要は無いだろ」
「薄情なヤツだな。お前は心配じゃないのか!」
「そんな、たかが2~3日姿を見ないからって」
「確かに、俺が2~3日姿が見えないからといって、取り立てて騒ぐ人間はこの城にはおらんだろう。だがな、陽子だぞ?あの生真面目な陽子が3日も仕事を放ったらかして姿をくらますなんて、ありえると思うか?」
「それは・・・・・そうだけど」
「そういうわけだから、六太。後は任せた!」
言うが早いか、尚隆は驚くほどの身軽さで執務室を飛び出していった。
「ちょっ!待てよ尚隆!」
後に残ったのは、山積みの書類。
「後は任せたって・・・・・・っざけんなーーーーー!」
いつだって、尚隆の尻拭いは、半身である六太の、不本意ながら不幸なる重大任務なのである。


***

「陽子は戻っているか!?」
いきなり禁門へ飛び込んで来たと思いきや、大慌ての態で他国の廊下を駆け抜けたのは、もちろん彼の延帝である。
驚いたのは、金波宮の面々。
丁度通りかかってしまったがために、掴みかからんばかりの勢いで隣国の王に詰め寄られてしまった気の毒な鈴は、
「し、失礼ながら、少々落ち着かれてはいかがでしょうか?」
勇気を振り絞って、稀代の名君を押し留めようとした。
しかし、落ち着けと言われて落ち着いたためしがないのが、人の常。
尚隆は、暢気に落ち着いてなどいられるか、とばかりにさらに女御に詰め寄る。
「陽子の居場所を教えてもらおう」
こうなると、もう稀代の名君の見る影も無い。
急に恋人と連絡が取れなくなって、慌てふためく哀れな男以外の何ものでもない。
「まさか、まだ行方が知れないなどと言うのではなかろうな?」
「い、いえ・・・その・・・・」
哀れな男に追い詰められた、哀れな少女は、答えに詰まって辺りを見回した。
誰か、助け舟を出してくれそうな者が近くに居ないだろうか、と。
しかし、当然傍には誰も居ない。
おかしいほどに人影も無い廊下からは、この騒ぎを聞きつけて巻き込まれたくないと、早々に逃げ出した人々が大勢居たはずである。

祥瓊ー!浩瀚さまー!台輔ー!!!誰でもいいから助けてーーー!

という鈴の心の中の叫びは、当然誰の元にも届くことはなかった。
「陽子は何処に居る!?」
逃げられない鈴も必死ならば、こちらはさらに必死。
聞き出すまでは絶対に逃がさん!と少女の退路を断つ。



主の行方は、当然側近たちには知らされていた。
それ故に、陽子の姿が無くとも騒ぎ立てるものもおらず、通常通りの政務をこなしながらの数日。
けれど、この騒ぎが起きるかもしれないという不安は誰もが抱いていた矢先の、延王の来訪である。
教えられない状況なわけではない。
しかし、相手が悪い。
ありのままを伝えれば、さらに騒ぎは大きくなることだろう。
それも、この男のみだろうけれど。

言うのも怖いし、隠し通すのも恐ろしい。
進退窮まった態で、鈴は、決して短くなかった人生の中で最大級の溜息を洩らした。
口を割らなければ、自分の身が危ない。
生存本能に従って、鈴は目の前の男に情報を洩らす覚悟を決めた。

9/11


***

嵐のような怒濤が去った後、こっそり開かれた側近による秘密の会議。
「鈴ったら!どうして延王さまに言ったりしたの!」
祥瓊の叱責に、鈴は必死に言い募る。
「だって!言わなきゃ絶対見逃してくれそうも無かったし、それに・・・・・・本当に怖かったんだもん!」
確かに。
あの鬼気迫る姿は、十二国屈指の剣豪という装飾が無かったとしても、本気で怖かったに違いない。
祥瓊は急に気の毒になり、鈴の手を取った。
「逃げ遅れたことが最大の不運だったのね」
しみじみとした祥瓊の言葉に頷いて、浩瀚が口を開く。
「それにしても」
その秀麗な眉は軽く顰められている。
「やっぱり速攻で飛び出して行かれたか」
「それはそうでしょうね。何せ、陽子を連れて行ったのがあのお方ですからね」
その場に居た全員が、西の空へ視線を向けた。
何も言わずとも同じ思いを共有して、同時に溜息を落とす人々。
「きっと来るとは思っていたけれど、まさかあそこまで必死でいらっしゃるとは」
「先日、延台輔がいらしてたから」
しょうのない主従が隣国を治めている、という事実が我が朝廷の運のつき。
本当にここ何年も、隣国のおかげで退屈知らずな慶東国である。
「とにかく」
今日何度目かの大きな溜息を吐いて、浩瀚は重々しく言った。
「知れてしまったのなら仕方ない。あちらには当の主上もおられることだし、あとはあの方に上手くやっていただくほかは無い」
「そうですね。せっかくの好機なのですもの」
自分の洩らした情報のせいで、せっかくの計画が台無しになってしまうのではないか・・・と多少は心を痛めていた鈴は、祈るように両手を組む。
「あまり大きな騒ぎにならないことを祈りましょう」
不安そうな表情のままで、祥瓊は誰にともなく、そっと言った。
西のほうに暗雲がかかっているように見えるのは、きっと気のせいではないに違いない。

9.26


***

「陽子は居るか!?」
他国の朝への敬意など欠片も無いような、大きな怒鳴り声が、かなり遠くから近づいてきているのがわかった。
王は美しい眉を顰めて、まもなくやってくる憂いに細い溜息を吐いた。
「しゅ、主上、あの・・・延王君が―――」
「聞こえているよ。あんな無礼なまねが出来るのはあの男くらいのものだ」
言いながら、さらに愁眉をきつくする。
そうしているうちに、案内もされないのに王の執務室に真っ直ぐ辿り着いた男は、あるまじき無礼さで、いきなり扉を開けると中に踏み込んだ。
「ここに陽子が居ることはわかっている!さっさと陽子を返せ、変態野郎!」
遠い道のりをろくに休みも取らず駆け抜けてきたのであろう、長い黒髪を振り乱し皺だらけの着物はだいぶ崩れて酷くだらしの無い様子で息を切らしている男の姿。
それを見て、王はさらに本気で頭を抱え込んだ。
美しくないものを見ると頭痛がする、と普段から吹いているのは、どうやら本当らしい。
「猿山の猿よりも遥かに行儀の悪い男よ。此処が何処だかわかっての所業かえ?」
「当然だ!わかっているからわざわざ遠い道のりを、わき目も振らずに駆け通してきたんだろうが」
「さすがに猿よの。人間の言葉すらわからぬとみえる」
この宮の主にして、範西国の国主、呉藍滌は心底不快そうに顔を顰めた。
「ここはそなたの住処、雁の猿山では無い。そのような無礼極まりない態度が許されるとでも思っているのかと聞いたのだよ」
「そんな御託などどうでもいい。俺は、陽子を返せと言っている」
こちらもまた、顔つきの険しさでは負けてはいない。
人生最大の敵から、大切なものを取り返すべく必死さは、鬼気迫るものがある。
いつものらりくらりとしているこの男が、犬猿の仲である氾に対しては決して友好的であるとは言えなかったものの、ここまで感情を曝け出して我も忘れたように自分から接して来たのは、初めてのことであった。

「珍しいこともあるものよの。そなたがそこまで形振り構わず突っかかってこようとは。よほど大事であるとみえる」
氾は軽く眉を上げ艶のある笑みを見せた。
「もちろん、陽子は我が城に滞在しているよ」
そこには優位にある己を認識した者の、余裕が漂っていた。
「ならばさっさと返してもらおうか」
「返せとは、笑止。陽子はそなたの所有物でなどなかろうに。そもそもその台詞は慶の人間のみのものであろう」
薄く笑う氾の言葉に、尚隆は思わずぐっと押し黙った。
それは、陽子と想いを交わしてからずっと、意識しないままに心に掛かっていた真実。
目の前の男が気品を振り撒くような仕草で口にした言葉が、正論であることを嫌と言うほど解っているから、反論できない。
こうなったら

「それこそどうでもいい話だ。とにかく陽子を返すまで此処に居座ってやるぞ!」

逆ギレしかない。
氾王の執務室のど真ん中に胡坐を書いて、ドカッと座り込むと、てこでも動かんとばかりに目を閉じてしまった。
それを見て、氾はもう一度盛大に溜息を吐いた。



「本当に猿並みな男よの」
侮蔑の意も露に、氾は、執務室のど真ん中を占領している男を見下ろした。
「これは、金波宮の者たちの総意による、正式な景王滞在であるのだよ」
「総意だと?」
その言葉にピクリと反応した男は、疑わしげに目を開けた。
それへ、わざと煽り立てるかのように艶やかな笑みを見せる紫紺の男は、勝ち誇った声で高らかに告げた。
「主上を頼むと、確かに陽子の側近どもから託されたのは、そなたではなくこの私」
「なんだと!」
ただの煽動に、こうも易々と乗ってくるのは、かえって意外に感じられた。

名君とやらも、こうなると哀れ以外にないものよの。

小さな同情のようなものを、氾が密かに抱いたのも無理もなきこと。
もちろん、だからといってこの相手に親切心を見せてやろうという気にはならないところが、自他とも認める犬猿の仲というもの。
「まあ、当然といえば当然」
高価そうな扇子で優雅に扇ぎながら、ふふんと鼻で笑う、艶やかな男。
「そなたにも、そなたの国にも、最も適さぬ理由ゆえな」
「どういう意味だ」
「会えば解る」
「ふざけるな!」
この宮に飛び込んできたときから、感情的になり続けている男を、氾はくつりと哂った。
「世間では稀代の名君と賞されるほどの男なれば、いま少し余裕をみせてはどうかえ?」
あまりにも必死になりすぎて、余裕など欠片も見えない、この珍しい光景を、氾はかなり楽しんでいた。
「あまりの必死さがいっそ不憫で、思わず情けを掛けたくなるではないか」
言葉とは裏腹に、くつくつと小さく哂う優美な男が、これまでにないほどに憎々しい。
が、これ以上煽りに負ければ、尚更にこの男を喜ばせることになるのは、間違いない。
こやつを喜ばせることも、ましてや情けなど掛けられることなど、真っ平ごめんだ。
尚隆は、忌々しく大きな舌打ちを一つすると、憮然とした顔つきで腕組みをして、再び目を閉じた。

9.29


***

「主上、景王君がお見えです」
暫くして、景王の来室を告げる声とともに、誰の目をも引く美しい女が一人、そろそろと入室してきた。
それは確かに陽子に他ならず、けれど、ともすれば簡素な官服で通そうとするいつもの陽子とはまるで別人。
上品で洗練された美しい衣装をまとい、そろいの飾り物は、華奢で時に少年のようにさえ見える少女王を、輝かしく引き立て艶やかな色を添えている。
室内の温度が、一瞬にして上がったような気がした。
美しいことは知っていたけれど、これほどまでの美しさとは、遺憾ながら気づいていなかった。
惜しいことをしていたものだ、と思わず見惚れながら、尚隆は考えた。
惚れ直すとは、まさにこういうことなのかもしれない。


慣れない衣装で儘ならない動作ゆえ、慎重に歩いてきた陽子は、そこに見慣れた、そして求める男の姿を認めて、驚きに目を見張った。
次の瞬間には、意識していたのであろう無理にキリリと引き締めていた表情が、一気に崩れ半泣きの様相を呈した。
陽子は、少女らしいあどけなさだけに囚われて、着物の裾をも無視して男に駆け寄った。
「えんおうーーーーー!」
驚いたのは、尚隆も同じ。
否、それ以上に愛しの少女の様子に度肝を抜かれていた。
あの陽子が、王らしさも大人であろうとする努力をもかなぐり捨てて、まるで子供のように縋りついて来る姿に、ただ事ではない事態を感じたのだ。
少女の体を愛しさとともに受け止めると、この事態の原因に間違いないであろう、優雅な仕草で背後に立つ男を、厳しい表情で振り返った。
「キサマ!一体、陽子に何をした!?」
「何と言われても。我が宮ではごく当たり前の日常生活の範疇だよ」
今にも掴みかかりそうな程に憤慨している偉丈夫に対し、こちらはあくまでも冷静沈着、髪一筋すら動じた様子も無い。
「お前にとっては日常でも、陽子にはそうではないということだろうが!」
「それは、私の知ったことではないよ」
シレッと答える氾を憎憎しげに見やってから、尚隆は未だ腕の中の少女を覗き込んで心配そうに聞いた。
「俺が来たからには、もう大丈夫だ。一体この変態野郎に何をされた?」
俯きかげんの小さな顔が、疲れ果てたように青白く、どこかやつれてさえ見える。
「人の女を―――いやいや、他国の王をこのような目に合わせて、ただで済むと思うなよ」
再び湧き上がる怒りに、無意識に漏れる舌打ち。
「もう・・・無理です。これ以上私には耐えられません!」
恋人に縋って見上げる瞳は、潤んで揺らめき、何かの悲劇を物語るかのように、長い睫毛が色濃く影を落としている。
いつになく、美しく化粧を施しているから余計に、可憐に儚く見える。

「慶に帰りたい」
自分でも驚くほどの、苛立たしさを感じて、尚隆は強く息を吸いこんだ。
「藍滌!!!」
いつもの悪態ですら忘れ、憤りのままに呼ばわった声は、恐ろしく深刻で厳格であった。
けれども、呼ばれたほうはやはり動じた様子もなく、腕を組んで面白そうに二人の姿を眺めている。
「これはこれは。これほど不釣合いな男女も無かろう。どうせなら、そなたももう少しマシな格好をしてくればよいものを」
確かに。
今の二人は、まるで輝く月と埃に塗れた石ころ、と言ったところだろうか。
激しくムカついてはいたが、確かに今の陽子の隣に立つには、さすがの尚隆も己の格好は相応しくないとの自覚があった。
いつも、人の価値を決めるのは内なる光であると自負して、姿形など気にも掛けない尚隆でさえも気後れを感じるほどに、今日の陽子は美しい。
そこは、さすが範、もとい氾と言わねばならないだろう。

10.2


***

「もう我慢できない!!!」
突然、何かを吹っ切ったように、陽子が大声で叫んだ。
紅い色粉に彩られた目元がすわっているように見えるのは、気のせいではないだろう。
「あいつに何をされた?」
尚隆が、気遣うように聞くと、陽子は、
「これです!」
そう言って、勢いよく衣装の裾を摘みあげた。
「これ???」
「この衣装と飾り物と化粧、その他もろもろですっ!!!」
「は?」
事態を良く飲み込めない尚隆は、少々マヌケな声を発した。
「範は匠の国じゃないですか。緻密で繊細で美しい細工物だとか、洗練された上品な織物や反物や衣装だとか、そういうものを直接見たり触れたり、わが国にはない技術を勉強させてくださるというからついてきたのに!」
なのに!と陽子は拳を握る。
「気がついたらいろいろ飾り立てられ化粧をされて、髪まで結い上げられて、それが毎日!もう限界ですっ!」
「物事を学ぶには、自分で触れて体験してみるのが一番の近道なのだよ」
「私は、それらを作り出すほうの体験をしたかったんですが!」
「それは次の段階だよ。まずは触れて知る。そうでなければ、匠の本当の技や思いなど、学ぶべくもない」
「っっっ~~~~~~~~~!」
このやり取りもまた、ここに滞在しているこの数日の、寸分違わぬ日課である。
「えんおう~(泣)助けてください!本当に酷いんです、みんな!」
「みんな?」
「嵌められたんですっ!鈴も祥瓊も浩瀚も、景麒までもが全て知っていて、というか寧ろうちのほうから範にお願いした形になってるんですよ!?」
泣きたいのと怒りたいのと、どうにかしてこの状況を反転してやろうという熱意と、全てが同時に込み上げてきて、陽子は必死だ。
「うちの主上を、もう少しマシにしてやってくださいと、あいつらは私を大喜びでここへ差し出したんですよ!裏切られたんですっ!」
「美しいものに対する研究は、我が国では最も重要事項。それに慶が強力してくれるとは、願ってもないことだよ。そもそも、景王自身同意のうえでの滞在。今更嫌ですやめます、と言われてもねぇ」
こちらは、余裕の上で、冷静そのもの。
寧ろこんな状況が面白くて仕方が無い、といった空気がありありと見える。
「ですから!それが騙されたと言うんです!」
そしてこちらは、”悔しくて仕方が無い”という一言を的確に表現したような表情。
「ねっ、酷いでしょう?」
憤りに眉を顰めて振り返ると、頼みの綱である恋人の反応は思ったよりも小さかった。
「ん?ああ、うん」
「延王?」
怪訝そうに男を見る。
そこへすかさず、艶のある声が一言を放った。
「延の。今日の陽子は眩いばかりの美しさであろう?けれど、我が国の力はこんなものではないよ。陽子のような逸材ならば、まだまだ磨き上げられる。そなた、それを見たいとは思わないかえ?」
「まだまだ?」
つい先ほどまで、噛み付かんばかりだった男は、今では奇妙な表情で氾を見ている。
「まだまだ」
そしてそれに、ニヤリと笑んでみせる、氾。
「これ以上に美しい陽子・・・・・」
「ちょ、延王!?」
明らかに様子を違えた尚隆を、陽子は慌てて見上げた。

まさか。

「今でさえ、目も眩むと思ったのだが」
そう言って男は、陽子から距離をとるように数歩下がった。
「え、まっ・・・・・」
不振よりも焦りが大きい。
陽子はその数歩を埋めるために、男に向かって数歩進む。
しかし男はさらに、数歩後退する。
「陽子」
酷く真面目くさった顔で、少女を目で押し留めてから、尚隆は言った。



「がんばれ」


「えええっ!?ちょっ、何なんですかそれ!!!」
待ちに待った救いの手のはずなのに。
「せめて、その慶には無い技術とやらを学び終えるまで、俺も此処で待っていてやるから」
「そんな!!!」
「陽子は本当に勉強熱心だなぁ。俺も少しは見習わないといかんな」
一体何に向けて言っているのか、尚隆はあらぬほうを向いて、そんな取ってつけたようなことをブツブツと呟く。
思いもかけない展開に呆然とする少女の横では、妖艶にほくそえむ氾。
完全に、氾の一人勝ちである。
黒き怒濤をも手玉に取る、紫紺の艶、最強なり。



では、と控えていた女御たちが容赦無く陽子を半ば引きずるように連れてゆく。
範の美への追求は、一時たりとも留まるとことを知らず、常に貪欲に突き進められてゆくのだ。
ひらひらと扇子を振って笑顔で見送る氾と、そ知らぬふりを続ける延がまた遠ざかる。


半開きの執務室を抜けて長い走廊へと響き遠のいていく叫び声は、完全にあてにしていたはずの恋人にのみ向けられていた。





「この裏切り者ーーーーーーー!!!」









一時の欲求に負けて、氾の思惑にしっかりとはまってしまった尚隆が、後々このときの己の行動を深く深く後悔する羽目になったことは、言うまでもない。



ー了ー

10/5
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